スライド会再会第二弾(暑さ対策として、急遽近所の氷屋さんに頼み氷柱を導入!)、渡辺菊眞氏による「土嚢から建築へ」のスライド会は、流麗かつ怒濤・特濃、「立て板に土石流」という感じの2時間でした。

土嚢シェルター開発者(カリーリNader Khaliliというイラン系アメリカ人建築家)のアイディアとその限界性について評価を加えながら、8年にわたる土嚢建築の試み、さらなる建築的展開への構想を、惜しみなく披露していただきました。また、技術面を担われた天理の河口さんによる試行錯誤の話は、現場の中で技術が育っていく様が生き生きと感じられるものでした。
(土嚢建築の写真などは、Dのサイトでたっぷり見ることができます)
渡辺菊眞氏は僕にとっては、布野研の先輩であり、また京都CDLの運営委員長として、僕の建築に対する考え方に、とても大きな影響を及ぼしてくれた方です。
(以下、不遜を承知で書きますが、)渡辺菊眞氏の建築が発する迫力は、独特の造形言語はもとより、恐るべき稠密さで構造化された空間構成によるところが大きく、さらにその空間構成の徹底ぶりは、「建築の中にマンダラを内蔵させることが自分の職能だ」と自ら断言するように、建築空間を宇宙的秩序(あるいはもう少し身近な言葉で言えば、「認識のレベルが一段上がった場所」)へ接続する回路として実現しようとする、強固な意志に基づいています。(マンダラとは、端的にいえば「宇宙的秩序と人間との媒介装置」であるから、その意味では「建築をマンダラ化する」と言い換えてもいいと思う。そう言ってたかも)。
このような考え方自体は古くからある建築観でもあるし、僕も大いに「共感」もし「憧れ」もするのですが、実践するのはなかなかに難しいこと。
渡辺菊眞氏のすごいのは、この信念というか姿勢というか立脚点が、活動に具体的に活かされつつ、かつほんとうにブレるところがない点です(時々に変奏はあるようですが)。
足下いまだおぼつかない僕なんかは、それを見るといつも、頭が下がるやら背筋がのびるやらの思いで一杯になるのです。

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4月から設計の仕事に専念しはじめ、現在、京都市内と園部の方で二つの住宅設計が進行中。それなりに忙しい毎日を送っております。
3月までは神戸へ毎日往復4時間かけて通勤していたけれど、それがなくなったため一日が非常に長く感じられるこの頃。それはとても嬉しいことなんだけれど、今のところ動いている現場が無いため、一日中一歩も外に出ず座りっぱなしという日がしばしばあり、身体の鈍りに拍車がかかっていてマズイです。

そんな中、一昨日は久々に現場に出ました。朝一に久住鴻輔親方から連絡があり、とある土蔵の修復現場で窓周りの実測と、その修復用図面の制作を即日でやったのでした。
京都では時々目にする機会がありますが、土蔵の扉というのは、火事の際に隙間から炎が入りこまないように、窓枠と扉が段状の立体的にかみ合うデザインとなっています。左右の扉相互および枠と扉とのクリアランスは、1〜2分(3〜6mm)。これを漆喰の塗り厚で調整するのもすごいが、防火性を追求するが故に厚さ15cm・重量○十kgもある複雑な形の建具を作ってしまう(しかも広く一般化している)という発想も実は驚くべきことである。

一昨日やった作業は、傷んだ扉を作り直すための図面を、既存の窓枠の実測寸法をもとに書くというもの。炎天下に土蔵の壁に張り付いて、実測に4時間。家に帰って水風呂を浴び、清書と修復用図面書きをシコシコ9時間で仕上げる。(土蔵の実測図面作成は今回で3回目。1回目は骨組みを、2回目は外側の仕上げ(04/5/22)をとった。そろそろ新築の設計も…)
現場で体を使って汗を流し、事務所で頭を使って図面書き。こんなペースの仕事は気持ちがよい。毎日だともの凄くしんどいと思うけれど。
昨日の夕方は、打合せで山科にある鈴木健太郎氏の事務所まで行ってきた。バイクで行けばすぐのとこを、少しでも体を動かそうと自転車で九条山を越えて行ってきた。九条山なんて大した山でもないんだが、とてつもなく苦しんだ。途中、自転車で行くのをあきらめ地下鉄に乗りなおそうかと考えたが、あまりに情けないのでそれはしなかった。
生活の中に体を動かすルーチンを作ってかないと、そろそろ、いろんな意味で、危なそうである。
ちなみに蹴上・九条山の一帯には、蹴上インクライン跡の他にも見所が多い。
九条山浄水場とか全和凰美術館(廃墟)とか。オススメは日向大神宮。樋口忠彦のいう「隠国(こもりく)」の構造が連鎖する神社コンプレックス。本殿は京都では珍しい神明造(伊勢神宮と同じスタイルのやつ)であり、天の岩戸などもある。

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この間の日曜、森田一弥氏のスライド会は、今後の活動の広がりを予感させる魅惑的なキーワードも披露された、約2時間にわたる迫力のプレゼンテーションでした。
実に1年4ヶ月ぶりのスライド会とあって、また今ノリノリの森田氏の講演とあって、常連職人メンバーの他、東京からやってきた臼田さん、学芸出版の中木さん、神戸から畑中久美子さん、神戸芸工大院OG・石井さん、安井さん他、様々な方が参加してくれました。ちゃんと話せてない人も多いのだけど、ちょっとご紹介。
まず、布野研の先輩・渡辺菊眞氏、後輩の魚谷繁礼氏。お二人ともすでに建築家として激しく活躍中で、次回・次々回の講師をお願いしている。詳細はまた後日お知らせしますが、とびっきり濃い内容になることは間違いない。
修学院の建築論で学位をとられた京都大学田路研の田中明さんは初参加。今年2月の博士論文公聴会がたまたま僕の公聴会と同日で、その時初対面。発表直前の緊張ピークな時間を共有した関係でもあります。5月になって、SSSで協働している小澤雄樹先生の事務所で、たまたま再会。そんな縁もあって、今回遊びに来てくれました。田中さんのスライド会も企画中です。
他に、チベットやラオスで学校や図書館の自力建設をされている、「建築旅人」(と名刺に書いてある)の鈴木晋作さん。バックパッカーとして同じ匂いを感じます。活動の話を詳しくまた伺いたい。
「宮殿師(「くうでんし」と読む。「宮殿」は厨子など仏像を納めるとこ)」の市原聡志さんも、初めて来てくれた方です。「宮殿師」なんて仕事があったのか、というのが率直な感想です。モノがあれば当然それを作るヒトがいるわけですが、そもそもモノ(「くうでん」)を認識していなかった。そういう風に見過ごしてるものは沢山ありそうです。ちなみに市原さんに頂いた名刺はクスノキ製で、擦ると樟脳の香がします。なんとも。
建築系の講演会にもいろいろありますが、小さなボロい町家を会場に、講演と懇親会がシームレスに繋がりかつエンドレスに続くのが神楽岡のスライド会の特徴です。
そのような場所で、建築家とか設計者だけでなく、幅広く建築に関わる方々とじっくり酒を飲みながら話せるのは、なかなか他では得られない機会であることよと、主催者がいうのも何なんですが、久々のスライド会で改めて実感しました。
こう書くとなんだかすげぇ男臭い会みたいに勘違いされそうで、それもあながち間違いではないのですが一応フォローすると、参加者の半分くらいは女子です。それと、エンドレスで飲んでるのは一部です(僕は最近早々に潰れますが)。大半は終電までに帰ります。怖がらないでください。
そんなスライド会も今年で6年目、今後も息切れしない程度に続けていきたいと思ってますので、興味のある方は、是非気軽に遊びに来てください。
毎回の案内は"What's NEW"のほか、メーリングリストでも配信しています。
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なかなかブログが再開できませぬが、今度、下記のような発表を行います。
明後日(!)ですが。ご興味のある方いましたら、是非お越し下さいませ。
>> 詳細こちら
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第76回アジア都市建築研究会
「変容する聖地の都市空間:ヴァーラーナシー」
■講師:柳沢究
■日時:2008/6/27(金)17:00〜19:00
■場所:滋賀県立大学 環境科学部
インドの一大聖地・ヴァーラーナシーの市街地には、数千におよぶヒンドゥー寺院・祠が存在するといわれる。それらの寺院・祠は複数の巡礼路により結びつけられ、いまなお儀礼装置として機能している。しかし、ヴァーラーナシーの「聖地」としてのニ千年の歴史は、同時に人々の生活の場としての「都市」の歴史でもあった。
本講演では、ヴァーラーナシーの聖地としての側面を概観した上で、都市としての側面、とりわけ街区・住居など居住空間の構成について、スライドを交えながら紹介したい。また、現代の都市空間における両者の重層性について考えてみたい。
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コンペ応募作業に一息つき、これからスライドを整理します。
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神楽岡スライド会、一年半ぶりの再起動。
今月からはしばらく、京都を中心に活動する若手建築家シリーズとしてお送りする予定です。
再開第一弾は、スペイン帰りでますます絶好調のラテン系、森田一弥氏によるスペイン建築事情の報告です。
どうぞふるってご参加下さい。
>> 「08年07月06日 スライド会:スペインの建築事情から左官技術まで」
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高野口小学校の敷地の周囲は、このような石積みの生け垣で緩やかに囲われている。
石積みには中腹に段が設けられていて、背の低い子供でも生け垣に手が届くようになっている(実際に生け垣の手入れは生徒達がやっているそうな)。こんな細やかなデザインが、校舎のあちこちに見られて気分がよい。
設計者は当時(1937年)、高野口町に出向していた和歌山県営繕課の人とのこと。昔の役人設計者といえば逓信省などが有名だけど、地方でもいいデザインの仕事をしてたんだなあ。話はずれるが、デザインのできる優秀な建築学生が、役所、特に地方自治体の建築行政にすすまないと日本の街はよくならない、というのは布野修司の「タウンアーキテクト論」。これは、地方に密着して活動する町医者的建築家と連動してはじめて機能する。アトリエ系→スターアーキテクトだけが、建築家の道ではないのだ。

見学の後、小学校の音楽室で平田氏にこの間の保存・改修運動の流れの簡単なレクチャーを受けた。建物の老朽化に伴い、保存改修でいくか新築にするか、いろいろすったもんだがあったらしいが(そのやりとりの様子はNPOの冊子にまとめられている)、今は改修保存の方向が確定し、実施設計がすすんでいるとのこと。
建築そのものもとてもよいし、この活動はもっとメディアに取り上げられてよいはず。なのに、建築メディアにすらほとんど紹介されてないんじゃないか。
教育委員会に申し込めば、見学を受け付けてくれるかもしれないとのこと。見学者が多く訪れるということは、この小学校が世間から注目されていることを。行政にアピールするという意味ももつので、興味のある人は是非トライを。高野口の街も面白いですよ。
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先月末博士論文が一段落した後、芸工大の助手同僚の水島あかねさんにお誘いいただき、和歌山にある高野口小学校の見学に行ってきた。
現地でご案内頂いたのは、高野口小学校の保存・改修プロジェクトに携わっている和歌山大助教の平田隆行氏(平田さんのサイト構成は広範な活動がそのまま可視化されていて面白いな)。平田氏とは、1999年夏にフィリピンのヴィガンという街の調査に一緒に行って、マニラの安宿で飲んだくれた時以来だから、約9年振りの再会である。
で、高野口小学校。


前庭と正面玄関(当日カメラをうっかり忘れため、水島さん撮影の写真をもらいました)
1937年建設の木造平屋の小学校。プランは櫛形のいわゆるフィンガープラン(ここの航空写真参照)で、それぞれのフィンガーの北側に片廊下が走り、南側が教室という構成になっている。指の間は中庭で、指の付け根は正面玄関と職員室などの管理部門が集まるという明快な構成。
プランで見るときわめて構成的なため、病院や兵舎・刑務所にも通じそうな堅苦しい雰囲気である。しかし実際には、長手方向の壁がほとんど全て開口部になっているため、教室〜廊下〜中庭とのつながりも密で、そのような印象はまったくなし。のびのびとした心地よい教育空間でした。

廊下と教室(1間ピッチで並ぶ5寸角の柱。方杖がきいている)
廊下も教室も天井高が高く(3.3mくらい?)、空間としては完全にモダンである。
高野口小学校の空間の「のびのび感」は、厳格な空間構成理念が、住宅にも通じる和風のディテール(天井はなんと竿縁天井である)と木の質感でうまく中和されている点が大きい。ディテールと質感が、理念と人間の距離を埋めているといってよいか。これを鉄骨で白く塗ってやってしまったら、こうはいかないだろう。

中庭
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(ヴァーラーナシーでの調査風景:2007年06月)
新年度明けましておめでとうございます。
昨年度よりほぼ、丸一年間、神楽岡の活動を休業してきましたが、4月より復帰です。
そんで、この3月で5年間お世話になった神戸芸術工科大学を退職し、しばらくぶりに京都での設計業務に本腰を入れていきます。
芸術工学研究所特別研究員、また民博の共同研究員として、インド都市研究も継続するんですが。
(テーマとしては、今後、対象とする時代を過去から現在へと漸次スライドさせていく予定。対象地もインドから日本へと関係づけていくのが目標)
この一年半は、積年の課題であった博士論文の執筆に没入でした。
30過ぎたとか、職の任期が切れるとか、所帯持ちになったとか、もろもろで尻に火がボーボーつきながら、同じテーマで科研があたったという追い風や、いろいろな方の助けも受け、何とか走り抜けることができました。
12月の草稿の提出から、1月の論文提出、2月の公聴会、3月の最終判定を経て、先月24日に尾池総長から直々に学位記をもらってきました。論文の中身はさておき、「足の裏の米粒」と揶揄される博士号でも、7年越しのそれはそれなりに感慨深いもので、でも、歓喜というよりは安堵、長いマラソンを完走したような、しみじみあはれな、それです(マラソンしたことないけど)。
在学時と違って大半が孤独な作業であったので、修士論文や卒業設計時には考えもしなかった、相談できる先輩や手伝ってくれる後輩、同じ目標に向けて走る同輩の存在のありがたみも、折りに触れて感じました。
博士号の重みも年々と軽くなってきているらしく、また、博士難民の様子を見ても、これがいつか運転免許証ほどにも役立つのかわかりません。ただ、学位そのものよりも、取得にかかる一連のプロセスをくぐりぬけることこそが、仮にも「研究者」を名乗るために不可欠なイニシエーションであるということは(ノーベル賞の田中さんのような例外はありますが)、誰もが言うことですが、強く実感したことであり、また以前には決して理解できないことでした。
ともあれ、まがりなりにも一つの形に研究をとりまとめると、当然問題点が明らかになるとともに、あれこれ楽しい展開が思い浮かんだりもしているのですが、今はもう、研究・論文からはしばし離れ、思う存分建築の世界に遊びたいというのが正直なところです。
そんなわけで、またぞろよろしくおつきあいお願い申し上げます。
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先日インドから帰ってきましたが、帰国するなり熱を出して寝込んでしまいました。フィールドで1ヶ月調査しっぱなしというのは、30歳を過ぎるとかなり厳しいものがあります。
さて、この間SSSがいくつかの雑誌に発表されました(昨日、大学に届いていた現物をようやく確認しました)。各誌とも内容は微妙に異なっており、ホームページにはでていない詳細な解説なども記載されていますので。よろしければ是非。
・『建築ジャーナル』8月号 「左官技術でセルフビルド型仮設住宅 関西の若手研究者と設計者が試作する『シェル構造』とは」
・『新建築住宅特集』9月号 「伝統的左官の技をいかして,仮設住宅を! SAKAN Shell Structure実験中」
・『住宅建築』9月号 「左官技術を用いた無筋超薄肉シェルによる仮設住宅モデル」
・『コンフォルト』10月号 「左官が構造を担う仮設住宅への試み」(西山マルセーロ氏による評)
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(インドから更新しています)
23日付の読売新聞(神戸版・尼崎版)に、「風船で、手作り仮設住宅」という題で、SSSが紹介されました。
付記:
神戸総局発・震災復興トピック、ということで、記事では「神戸芸工大・柳沢」の名前が前面に出ていますが、こちらのデータ欄に記載してあるように、この仮設住宅の開発は、SAKAN Shell Structure研究委員会として、小澤雄樹氏(立命館大学)、森田一弥氏(森田一弥建築工房)、山本直彦氏(奈良女子大学)、柳沢(神戸芸術工科大学)の共同で行ったプロジェクトです。また研究の遂行にあたっては、立命館大学の大きな援助を受けています。
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