JOURNAL

■ 06年11月16日(木)

ヨコハマメリー[柳沢究]

先週末のことだが、みなみ会館にて「ヨコハマメリー」を見た。

高校まで横浜で暮らしていたので、中学校の頃に(伊勢佐木町に遊びに行きだす年頃だ)ごくたまにメリーさんのことが話題に上っていたことは覚えている。ホワイトオバケとか白い婆さんとか呼ばれていたように思う。僕自身も関内あたりの洋館を背景に一度だけ目撃したような記憶があるが、実体験なのか後から捏造されたものなのか判然としない。

様々な証言(舞踏家・大野慶人の振り付きの証言がとりわけ印象的だった)と切り取られた町の風景を織り交ぜ、実態の見えない伝説的存在を、様々な角度から照射し浮き彫りにしていく。そのようなドキュメンタリーの手法は、音声と映像が一体になった映画作品に最もふさわしい手法に思われる。結びそうでなかなか結ばない焦点が、最後になって意外にも当たり前のように結ばれた時、意外にも涙が出た。泣くような映画じゃないと思って見てたんだけれど。これはとっても予期せぬことで、しばらく何故泣いたのか考え込んでしまった。

それはさておき、この映画をみれば誰もがわかるように、これはメリーさん個人を追った映画ではなく、メリーさんが存在したとある時代のとある都市の姿を描いたものだ。メリーさんは、ある時代の横浜という都市の記憶を体現した、一つの現象なんだろう。都市は人が生きてこそ都市なのだという、至極当たり前の事実をあらためて噛みしめる。

僕らが研究対象として都市を扱う時、個々人のライフヒストリーといったあまりに儚いものは捨象せざるをえず、物理的な「形」としてそこにある建物とか道、あるいは史料を通じて都市を見る。文化人類学的アプローチはだいぶん生活にクローズするが、対象としているのはやはりある程度一般化された集団的な人間像であり、個人への接近には限界があるだろう。しかし実のところ都市は、そのような捉えがたい個々人の記憶においてこそ生きられているのであり、そのことを忘れた都市論は虚しい(『京都げのむ』の連載・「京都私的探求」で試みていたのは、そのようなごく個人的眼差しからの京都の発掘であった)。

横浜が懐かしくなると同時に、ヴァーラーナシーの雑踏が思い起こされた。インドにはたぶん、まだ沢山のメリーさんがいる。もちろん京都にも。


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