JOURNAL

■ 06年12月28日(木)

"Google Scholar"と"Google Book"[柳沢究]

論文モード始動ということで、参考文献・論文をリストアップしては整理するという日々。

ネットで論文検索をかけては、アブストラクトを見たり所蔵図書館を調べたり。PDFファイルで本文がまるまる手に入る場合も多い。インターネットでは大概のことは驚かなくなってきたものの、いやー、世の中便利になったもんだなーと実感しています。ネットでの論文情報の収集のしやすさは、修士論文をやってた頃(5年前)に比べてさえ、すでに隔世の感があります。

中でも最近知って重宝しているのは、Googleの提供する、研究者向け論文検索の"Google Scholar"と書籍内容検索の"Google Book"。

どちらも、現時点でどれだけの範囲をカバーしているのか分からないから、これだけ使えば大丈夫とはいかない。しかし少なくとも英語の文献に限れば、個々の論文・書籍検索サイトの編み目を縫って、かなり細かなところまで拾ってくれるし、PDFの本文情報へのアクセスが明快なところがありがたい(Google Scholarの特徴については、こちらのサイトが詳しい)。
Bookの方は、目次までなら見られる本が多いのは助かる(和書は全然カバーされてないけれど)。著作権切れの本だと、全文が読めるものも結構あって驚く。著作権ありの本は印刷ができないのが困りものではあるが。

それにしても、Google Earthの3D化にせよ、いったいGoogleは何をどこを目指しているのだろうか。全世界の情報のデジタル・データベース化なんだろうけども。その先は?

もう一つの最近知った重宝ツールは、iTune
言わずと知れた音楽プレイヤーであるが、実はPDFファイルも管理できるのだ。Web上で拾い集めたPDFを、MP3ファイルを扱うのと同じ感覚で、一括して整理・分類できるのでとっても便利です。
>> 詳細はこちら

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■ 06年12月27日(水)

秋の遠足5・百済寺[柳沢究]

12:00
1時間半近くも見ていたのに、全然時間足りず。門藤氏なぞは自転車を借りて公園内を走ろうよー、などと言う。そんなことをしてたら、今日の遠足はここで完結ではないか。
名残惜しくも、青年の城を出発。
走り初めてすぐ、車の一台のタイヤに故障が発生したため急遽ガソリンスタンドにピットイン。近所の回転寿司で食事。

14:00
第三目的地、湖東三山の一・百済寺に到着。
紅葉の名所ということでもの凄い人出でした。

 

百済寺は、まず参道がよかった。
なだらかーに登り、緩やかーにくねる、土の道。両脇に木々が並び、程よいスケールの石垣が道に沿う。これまでに見てきた中でも、ワンノブザベスト参道である。


そんな参道を登ること20分。息が上がりかけてきたところで、本堂につく。石段の突き当たりから一旦曲がり、一段上がって境内に入るアプローチがにくい。


庭園。池を中心とした庭園が建物と築山によって囲いこまれていて、箱庭に入ったような空間感覚が独特であった。水谷氏は手入れが悪すぎると酷評。とにかくすごい人出で落ち着けなかったのは残念だったけれど、まるでベルトコンベアーのごとく人の流れる様に、「回遊式」庭園の真価(?)を垣間見たのでした。

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■ 06年12月26日(火)

秋の遠足4・青年の城2[柳沢究]

論文モードのエンジンはようやく暖気されてきた感じです。
遠足報告はだいぶ間が空いてしまった。年内完結を目指して駆け足で行こう。


 

左:飛び出した3階部分からピロティに舞い降りる螺旋階段。
  こういうの学生の頃作りたかったんだよなぁ。
右:ちょんぎられた青年のシンボル=「青年の塔」


  

左:トイレ。トップライトに注目。ピンクなのは女子用だから。
中:廊下
右:螺旋の階段室。螺旋の中心の吹き抜け部分に蛍光灯を配したポールが吊られている。
  とっても簡素で経済的なデザインなのだが、実に格好いい。
  のぞき込むとこんな感じ


飛行機のジェット・エンジンを彷彿とさせるエントランス。
脇にはさりげなくあの人が佇む。さすが滋賀。


丸窓に群がり喜々としてカメラのシャッターを連射する一行。ほとんどアイドル撮影会。
職員の方の怪訝な視線も気にせずに。

時代のデザイン傾向をあまりに濃厚に反映しすぎたがゆえ、「青年の城」を眺める目には、昔の記念写真アルバムを開く時のような、ある種の「笑い」がつきまとわざるを得ない。建設から40年も建っていることだし、塔の解体に代表される設計上の破綻も少なからず目に付く。
とはいえ、そのデザインの密度には目を見張るばかりである。時代がかった細部のデザインに目が行きがちであるが、平面計画もとてもよく練られている。
「青年の城」という施設は如何なる建築であるべきかを問い、それに対して、「使い手にまかせます」とかいうスタンスではなく、設計者自らが徹底してデザイン的に答を出していくという姿勢は、(たとえそれが誤答であったとしても)敬意を表してしかるべきものだと思うのである。

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■ 06年12月24日(日)

忘年会2006[柳沢究]

P1010731.jpg

23日、2006年の神楽岡忘年会を恒例のラトナカフェにて開催。
初めての方からお久しぶりの方まで、いろいろ忙しい年末に皆様お集まりいただきありがとうございました。今年は何やら目出度いことも多く。2001年からやってるから今年で神楽岡は6年目というわけですが、さて来年以降どうなっていきますか。

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■ 06年12月13日(水)

「Concrete-pod」がAR賞を受賞[柳沢究]

森田一弥氏設計・制作による「Concrete-pod」が、イギリスの建築誌『Architectural Review』が主催するエマージング・アーキテクチュア賞の "highly commended" を受賞しました。

>> AR Awards for Emerging Architecture 2006
>> Highly commended "Concrete pod"

また、詳細は『Architectural Review』最新号にも掲載されています。


11月30日には、ロンドンの王立英国建築家協会(RIBA)にて授賞式が行われ、その時の様子が森田氏のブログに報告されています。

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■ 06年12月04日(月)

秋の遠足3・青年の城[柳沢究]

9:20
近江神宮を出発。寝坊した庭師・水T氏は、二日酔いで完全にグロッキー。僕の運転だと酔って吐きそうだから、自分で運転するとのことで運転手交代。実は僕も二日酔いだったのでありがたい。
途中、石山寺付近に鮒寿司の名店があるとの情報を元に商店街をさまようが、結局発見できず。なんのこっちゃ。

10:40
そうして第二目的地、青年の城に到着。あらかじめ見学の申込みをしていたら、職員の方がわざわざ資料を用意して配ってくれた上に、たいへん丁寧に館内を案内してくれました。

「青年の城」は、「滋賀県希望が丘文化公園」内の一施設である。
頂いた資料(「希望が丘文化公園:建設の記録」滋賀県企画部発行、1976年)によれば、この公園は1968年の京大西山夘三研による報告書「滋賀県における文化公園の構想に関する基本調査研究」に基づいて計画された。東海道新幹線や名神高速の開通などにともない激変しつつある国民の生活様式、それにふさわしい新たなるレクリエーション施設とは如何なるものか、というのがその研究テーマである。報告書では3つの敷地についてケーススタディが行われ、その中から現在の希望が丘地区が選定され、実施に移されたのである。具体的な敷地計画、施設設計は、当時京大助教授であった上田篤の指導のもと、都市科学研究所(中島龍彦)が行っている。竣工は1972年。
以上、基本情報。

青年の城を訪れると、まずはその敷地の広大さに驚く。琵琶湖の東南にある丘陵部の山麓・谷間部に830haにおよぶ広大な敷地が広がっている。すぐ北に東海道新幹線、すぐ南に建設当時は計画中であった名神高速道路が走っており、ここらへんが敷地選定に際して大きな決定要因となったのではと推測される。実際、車であれば大津から30分もかからない。高速を使えば京都からもすぐだ。敷地は山に囲まれ、広大な芝生が文字通り見渡す限り広がっていて、なかなかに贅沢な場所。

 

玄関から入ったホール(と、そこに何故かそびえたつダビデ像)。設計主旨の文章によれば、この2層の吹き抜けとなった線状の空間が「みち」、そこに接続する研修室や宿泊室などの諸室が「いえ」とされ、全体が「まち」に見立てられる。だから照明も街灯風だし、空のように明るいガラス屋根で覆われている。空に浮かんでるロケットみたいなのは、たぶん空調の吹き出し口。

 

左:
この吹き抜けにある、高さ10m近くはあろう巨大な鉄製の防火扉。たとえ法律上防火区画を設けなければならなくとも、決してこの「みち」を塞ぎたくはなかったと見える。制度と強固な意志の衝突から生み落とされる規格外のデザイン。
右:
かつてあった「青年の塔」へと登る入り口。なんだか可愛らしい顔をしている。塔は昨年10月に解体されたばかり。その理由は、老朽化(コンクリートの剥落があったとか)の他に、風で塔が揺れた時の振動がガラス屋根に伝わって、ガラスが割れてしまうことがあったのだとか。

うーん、いかん。この調子で書いてると終わりそうにないぞ。

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