JOURNAL

■ 05年12月31日(土)

神様の牛[柳沢究]

大晦日ということで、ちょっと神聖っぽいやつを。


写真はナンディーと呼ばれる牛の像。
ナンディーは白い雄牛で(ちゃんとコブがある)、ヒンドゥー教の最高神の一人・シヴァ神の乗り物たる聖牛である。だからシヴァ寺院には必ずお供のナンディーがいる。つぶらな瞳の先にシヴァが祀られているのだ。

像には花やら草やら粉やらいろいろかけられていて、なんだか大変なことになってる雰囲気だが、別に汚されているわけではない。インドでは礼拝する神様の像に、敬意を表するために花を飾ったり赤い色粉をつけたりするのが普通のこと。ただ拝むだけより、スキンシップがあるところが私は好きである。

手元の「家畜文化史」(加茂儀一著)によれば、牛を神聖視する風習は世界的に広く見られるが、それは牛の家畜化と起源を同じくするんだそうな。
そしてどうやら家畜としての牛が誕生したオリジンは、メソポタミアからインダスのあたりにあるらしい。インドの牛好きはまさに筋金入りである。

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■ 05年12月27日(火)

牛のいる風景[柳沢究]


むこうでは珍しくも何ともない街の風景なのですが…あらためて見ると、やはり不思議な感じ。

インドの街には牛のほかに、犬も猫も猿も山羊も水牛もうろうろしていて、南の方では野良クジャクが堂々と道を闊歩していたりする。
彼らにとって人間の都市は決して暮らしよいものとは思えないけれど、今のところ何とかやっていけているようだ。

そんなふうに動物が生きていける都市ってのは、人間にとっても、たぶん、そんな悪くない都市だと思うのだが、日本はどうか。

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■ 05年12月26日(月)

こぶ牛[柳沢究]

インドにいる牛のほとんどは、品種的にはゼブーzebu牛(コブ牛、インド牛)と呼ばれるものらしい。その中でもサヒワールとかレッド・シンディとか、いくつかの種に分かれているようだが詳しくはまだ調べていない。

サイズには大小あるけれど、ホルスタイン種などに比べるとずっと小柄で(おおむね体高1m強)、かわいらしい。
乳の出は少ないものの、暑さに強く、忍耐力がありおとなしく、粗末な食事でもよく働くという、とてもイイ奴。

最大の特徴かつチャームポイントは、なんといっても、背中にあるコブ(瘤)。ラクダと同じように脂肪分がたまっているらしく、触るとぷにぷにして、とても気持ちいい。猫の肉球に勝るとも劣らない。

私見だけれど、雌牛はコブが小さく、荷役用の立派な雄牛ほどでっかいコブをつけている。また南インドよりは北インドの方がコブがでかい気がする。
ちなみにブラジルにはこのコブを使った名物料理があり、食べた事はないが、絶品!、らしい。

(写真は南インド・マドゥライの牛)

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■ 05年12月24日(土)

今日の牛[柳沢究]

僕の趣味の一つであるインドの牛ちゃんの写真を載せてみることにしました。300枚近くの牛写真ストックがあるのですが、整理しながらボチボチのせていきます。

●はじめに
インドには牛がいる。日本にも牛はいるが、インドはその数2億頭超、世界一の牛大国である。
理由の一つは、ヒンドゥー教において牛が聖なる動物とされていることだ。クリシュナ神は牛飼いの神であり、シヴァ神の乗り物も牛である。
もちろん牛乳やバターは重要な食料である(肉は決して食べない)が、同時に宗教儀式にも欠かせない。さらに牛糞はワラと混ぜて燃料として利用される。荷役としてもまだまだ現役。
かくしてインドでは農村・都市をとわず、人のいるところには牛がいる。高密な市街地を数多の牛たちが人・車と混じり悠々と歩いている様は、独特の都市風景といってよいだろう。

●写真
インドに行った事のない人には、街に牛がいるといってもあまりピンとこないかもしれない。でもほんとにそこら中にいるのです。こんな風に道に座って、人を眺めているのです。

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■ 05年12月20日(火)

SSSトーナメント載荷試験[柳沢究]

立命館大学小澤研にて、SSSの載荷試験を行う。

 

前回つくった厚み4mm(!)のモルタルシェルの内側に、ドームに均一に荷重がかかるように治具を取り付ける(形状からトーナメント式と呼ばれる)。中から見ると、なかなか格好イイ。トルコの方のモスクの照明はこんな感じでドームの上から吊り下げられているが、それにちょっと似ている。
外側には表面の微細な歪みを検知するシール状の感知器がとりつけられ、そこからコードが延びて、かなりサイバーな感じ。

 

これを台の上に乗せ、コードを何やらの計測・記録マシンに接続。測定するというよりは、電気ショックを与えそうな雰囲気。

 

トーナメント治具にバケツを吊し、実験開始。
2kgずつ砂を流し込み、その都度歪みを計測するとともに、視認によりシェル表面のクラックを観測する。

クラック。
50kgを越えたあたりから、時折「ぱきっ」「ぽんっ」というような音がして、クラックが入っていく。

崩壊。
2基実験し、どちらも85kgを前後の荷重で壊れた。壊れる直前にはシェル全体から「ぴきぴき」「ぱりぽりぴしっ」という音がしだして、その5秒後くらいに一瞬で「どがしゃーん」と崩壊する。まさに崩れ落ちるという表現がふさわしい。


コンピュータによる事前のシミュレーションでは80kg程度という予測値があったものの、施工終了後に微細なクラックが入っていたため、30〜60kg程度持てば順当と思われていた。結局、予想値を少し上回る値となり、実験としてはえらく望ましい結果となったのでした。

これから、表面の仕上げや開口部まわりの意匠などを考えていく事になる。

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■ 05年12月18日(日)

追記:研究者の仁義?[柳沢究]

16日の昼間、大学の部屋に畑中久美子さん来訪。1時間ほど話す。

彼女は友人の山本喜美恵さん(なんと来年から滋賀県大・布野研の研究生になるという!!いやはや…)と一緒に、先月までパキスタンの地震復興調査へ行っていた。現地での体験は刺激的だったようだが、思ったよりも普通に生活できたとのこと。現地滞在中に支援する日本側の姿勢が変更になり困ったというが、さもありなん。ほんの少ししか聞けなかったので、またこんど、新年の餅つきの時にでも緊急の報告スライド会をやってもらおうかな。

畑中さんの専門はいわずとしれた「版築」である。版築は最近だいぶん注目されてきて、いろいろ試みている建築家も多いが、彼女は修士研究の頃から取り組んでおり、自ら施工までする荒行をおこなうなど、少なくともデザイン分野ではかなり先駆的な存在だ。
しかし、今年行われたコンペの受賞作に(神楽岡の?)HPに載せている版築作業写真が無断使用されたことが、悩みの種になっているという。
出品者はコンペ前に神戸まで話を聞きに来たので、畑中さんは版築普及になればと自分の研究について親切に解説し、研究報告書もわたした。
しかし秋の発表時には畑中さんの研究にはまったく言及されず、しかもというかそのうえ現地で配布された解説のパンフには報告書の文章が無断で盗用されていたという。抗議しても要領を得ず、たいへん悲しい、と。

人の研究成果を利用するのは、ぜんぜん悪いことではない。むしろドンドン利用して然るべきことなんだが、その場合、どこまでが先行の研究・成果を踏まえたものなのか、どこからが自分のオリジナルなのかを明確に示すことが最低限のルール(特に取り組んでいる人間のまだ少ない萌芽的分野においてはコトサラ)。
人に自分の研究のことを尋ねられて、出し惜しみする研究者はいない。自分だっていろいろな人から教わりながらやってきたんだから。だからこそ、通すべき仁義は通さなければならないはずなのだ。

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■ 05年12月17日(土)

神楽岡忘年会2005[柳沢究]

例のごとく、朝は下鴨の現場から。
ここに来たときは毎週、この近所にあるしみずにて昼食。カレーうどんが定番メニューだが、関東出身でうどんを食べ付けない僕は、いつもカレーとじ丼を注文。カレーライスとは一味違う甘みと辛みで週一の楽しみ。

晩、ラトナカフェにて恒例の忘年会。

-42度の寒波大接近といわれていたが、ラトナの河本夫妻特製スパイス料理のおかげで、文字通り体ポカポカ。土間&吹き抜けの店内でもほとんど寒さを感じなかったほど。カレー4種に加え、トルコのニンニク入りヨーグルトやキョフテ、サンバル(南インドのやや酸味の効いたカレー)などを満喫しました。
メンバーはいつもの常連組のほかに、ダンメンの吉永さん(今度テレビに出演するそうな)、round-about(京都店)の山崎さん夫妻、コイズミの吉村くん、長岡京の植木職人・マツウラさん、日建のタクちゃん、芸工大OB・肥山くん等、えらい久しぶりの人も含め、30人強で店内ぎっしり。途中からポチテックの一行も加わり、二次会は奇天屋(戸田さん作の机がある)へ。ここは初めてだったが、かなりイイ。

忘年会の席では、ミクシィの話が結構でた。みんな活用してるんだなぁ。
そういえば、RSSの利用が浸透しつつある昨今、このジャーナルも遅まきながらMTを使ってブログ化しようと目論んでいる。試行錯誤のカスタマイズ作業は、論文や設計の合間の気分転換(逃避とも言う)に丁度いい。

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■ 05年12月16日(金)

「ぽちてっくてん」に酔う[柳沢究]

7日:
芸工大にて修士論文中間発表会。修論ほど、一つのことを考え、調べ、文章にすることにエネルギーを注げることは、多くの人にとってこの先そうある機会ではない。直接指導するわけではないが、頑張って欲しい。

8日:
INVERSIONの会場撤収。展示にはあれだけ苦労したのに、片づけは一瞬だ。早くも来年の日程を予約。一年先の予定なんか入ると、時間の流れが加速する気がする。

10日:
朝から下鴨の現場打ち合わせ。午後から「げのむ」編集打ち合わせ。なんか毎週土曜日はこのパターンが定着してきた。
久住左官の岡君に「親方泥棒」という称号をいただく。「おしゃれ泥棒」みたいだなと思ったが、ぜんぜん違う。なんでも僕が現場に行くと親方(久住氏)と話し込んで(時にはそのままどっかに行って)しまうので、困るんだそうな。いや、そんなこと言われても…。

現場と「げのむ」の合間を縫って、現在改装中の山崎さんの家を覗きに。
なつかしの柿渋の匂い充満してていい感じ。黒く古色された床と天井に漆喰の壁。照明こんなしたら、と無責任発言をしてたら「柳沢さんが入り浸りそうで…」と言われた。うーむ。

晩は若杉荘(=CDL事務所の名前。CDLで名付けたのではなく、もともとこの名前。昔学生の下宿だったかららしいが、なかなかに洒落た命名)にて「地区ビデオコンテスト」開催。
ぼろい木造の建物が傾くんじゃないかというくらいの人が集まり、18作品を上映。不完全双方向システムによる立体上映も試みられ、盛り上がった。

さらにその後、水谷邸で行われていたすき焼き会に合流するも、すでに肉(松坂牛)消滅。ネギと豆腐とキノコのみの晩飯。

11日:
晩にポチテックpotitekの個展「ぽちてっくてん」のパーティへお邪魔する。会場は工繊大出身の槌谷くんや半谷くんが自力改修した、東鞍馬口の町家「ヒガシクラマグチンチ」。
potitek、ぽちてっくてん、ヒガシクラマグチンチ…ネーミングセンスが抜群にいい。
アイリッシュフィドル(映画タイタニックに出てきたようなやつ)の演奏があったりして、戸田さんとこのパーティはいつも、和やかで洒落てて料理が美味しい。人柄なんだろうなぁ。京北でシェーカー家具を製作している方などとお話しし、いい気分で大いに酔っぱらう。

12日:
午前中ふたたび下鴨の現場へ。塗装の色確認など。午後、鴨川河川敷をうろつき、げのむの取材活動。寒くて話しかけづらい雰囲気。

13日:布野修司編の新刊「世界住居誌」が発売になった。僕も南アジアの概要解説や、インドの「ハヴェリ」の項、レクチャー「装飾と住居」などの執筆を担当しています(裏表紙には夏にいった王家大院の写真も載ってる)。これまでになかなか無かったタイプの本なので、興味のある方は是非お手に。

「装飾と住居」執筆の際、参考文献として(勝手に)お世話になった鶴岡真弓先生には、コーラム研究の関係で夏にお会いする機会があり、ケルト紋様の話をいろいろ伺った。僕がこんなこと言うのもなんなんだが、神秘的な雰囲気のするとても魅力的な方でした。

14〜16日:大学にて諸作業。16日夕方は御影にて打ち合わせ。

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■ 05年12月07日(水)

大嘗祭について[井上大藏]

久しぶりにHP見てみたら、柳沢氏の連載。
漬物みたく、チョコと記します。

今夏、昭和天皇と大正天皇の大嘗祭に関する原図を含めた図面や手記を入手した(・・・事は以前に記したかもしれない)。まず、大嘗祭って何?と、言う事から初めて先賢の著書を探しては読んでみた。
祭りの構造については、理解ができたけど、こと大嘗祭に関し肝心の建築空間構成について書籍が皆無に等しいのに驚いた。当代一度きりだし、関連書類は焼却処分されるので、原則図面が世に出る事はないからだ・・・当然資料は少なくなる。
建築史学として、この方面に手が伸びてないのも素直な状況だ。

考えてみれば、究極の仮設建築物だ。
昭和の場合を例にすると、書籍によれば回廊なども含めた大小殿舎20棟程度が、祭りの7日前に建て始め、3日前に作り終え、終了後は直ちに解体されている。数字上、4日間で建てている事になる。昭和天皇は、祭りの14日後に東京に向かわれているので、最短命で17日の存在。しかも当然国費なので、ふんだんの材料と資金を使っている。

とても、特異な建物と言わざる得ないようだ。

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■ 05年12月06日(火)

地区ビデオを終え黄表紙還る[柳沢究]

2日:
INVERSION関連の仕事が一息ついて、大学にて諸業務。晩は三宮にて「助手会」。

3日:
10時から下鴨の現場打ち合わせ。この日やってた杉本家でのイベントにも行きたかったが、午後から若杉荘にてCDL&げのむ会議。11月は「ミテキテツクッテ」(作品がアップされています)があったので一時中断していた編集・執筆作業を再起動。2月にむけてそろそろ本腰をいれて取り組まねばならない。10日に開催を控える「地区ビデオコンテスト」出品作品の試写をして上映の順番などを検討する。
晩、水谷邸に忘れ物をとりにいったら、東京から来て現在白川通のバターカップスに作品を展示している熊野さんを囲んで、松崎さんや健太郎らが集まっており、そのまま久々の天楽へ。ドブロクの上澄みを気持ちよく飲んでいたら、取りに来た忘れ物のことを忘れて帰ってしまった。何しにいったんや。

6日:
前日の晩から異様に寒くて、早くも風邪気味。京都は初雪。
御影のプロジェクトの相見積もり結果が出てきた。いずれも少々オーバー気味でこれから調整。10月に投稿したマドゥライの黄表紙の査読結果も今日届く。査読二人がそれぞれ「採用」と「再査読」で、結果「再査読」(原稿を修正してもう一度出しなさい、ということ)。再査読はまあ予想していた結果なので、一人でも「採用」が出た分ちょっとホッとする。「げのむ」の作業といい、年内にやってしまわねばならない宿題が増えてきた。

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■ 05年12月01日(木)

京都ゲノムを探して[柳沢究]

10月に京都新聞に寄稿したコラム。「げのむ」編集長としての執筆だけど、まあ京都のことだし、あんまり眠らせとくのもなんなのでここに載せてみる。字数が少ないのでちょっと説明不足の観もありますが、「京都げのむ」の「京都」に対する姿勢の一端はこんな感じです(そんな「げのむ」に興味を持たれた方は、ぜひご一読を。既刊はこちらで販売中!)。


『京都ゲノムを探して』

京都に関心をもつ大学研究室・学生が集まり京都のまちを調査し提案する、京都コミュニティーデザインリーグ(京都CDL)の活動がはじまってから4年半が経つ。この間、機関誌である「京都げのむ」の編集・制作を通して、京都という都市のあり方をいろいろな視点から眺める機会を得た。京都の価値をアンケートに基づき金額に換算したり、京都のモデルとされる中国・西安の現状を取り上げるなど、様々な角度から京都をとらえなおす記事に取り組みつつ、「げのむ」は現在まで5号が刊行されている。

京都CDLが発足当初から掲げている活動理念の一つは、保存か開発か、あるいは歴史的文化・伝統を如何に現代に活かすか、といった定式化された構図から京都をとらえるのではなく、都市の現場に身を置きながら、ありのままの京都を観察しようというものである。「京都げのむ」という誌名にはそのような活動を通じ、京都を京都たらしめている遺伝子=《京都ゲノム》を探しあてたい、という願いが込められている。

「何が京都を京都たらしめているのか」という問いは、京都でよく耳にする「京都らしさ」論と密接に関わってくる。町家の格子戸や大文字は「京都らしい」と言われるが、京都ホテルなどに見られる格子状のデザインやマンションのエントランスにちょこんと乗せられた瓦屋根は「京都らしい」のか。南区に数多くあるリサイクル工場や山科の山中に隠れた巨大な産業廃棄物処理場は「京都らしくない」とされるが、それらがあるからこそ京都の生活は成り立っているのではないのか。夏の鴨川を彩る床は「京都らしい」が、橋の下にたたずむ段ボールハウスは「京都らしくない」のだろうか。

答の無い問いのようにも思われたが、実はいずれも京都という都市のある一側面を表象しているという事実に違いはない。身も蓋もないようだが、その意味では全てが「京都らしい」と言ってしまえるのではないか、別の言い方をすれば「京都らしい云々」という言葉は(少なくとも京都においては)ものの価値についてほとんど何も説明していないのではないか、というのがこの数年間で得た一つの確信である。

とはいえ《京都ゲノム》を探し求める試みが意味を失うわけではない。京都を見つめる視線から、ようやく「らしさ」というフィルターを取り外すことができたのだと考えたい。「京都らしさ」とはきわめて主観的な概念であり、「らしくない」とされたものを無意識に視界の外へと追いやる危うさをもはらんでいるのだから。誤解を恐れずに言えば、京都は特別な都市なんかではない。歴史とか伝統の毛がちょっと生えた程度の普通の都市。そう考えたときに初めてありのままの京都の姿を、そこにある生活を垣間見る事ができるように思う。

現在編集中の「げのむ」第6号では、「みやこきわめぐり」と題して中心部から外れた様々な境界的領域に注目している。碁盤の目の中だけが京都ではない。町家が軒を連ねた景観は確かに美しいが、観光客が足を踏み入れない場所に広がるいびつな路地、違法建築スレスレに好き勝手な増改築を施された建築群は、おとらず魅力的である。京都ゲノムは「青い鳥」よろしく、身近な街のそこかしこに隠れているに違いない。

(2005/10/24 京都新聞「創発空間」)


…作品に町家再生を連ねてる神楽岡の活動はどうなんだ、という意見が予測されるので、あらかじめ補足しておくが、神楽岡の活動とこの考え方とは決して矛盾するものではない。京都にある伝統や文化のよさを否定したいわけではなく、言いたいのは、何かの縁で京都に腰を据えて活動している以上、「京都らしい」という非常に様式化された視点のみで京都を見つめるのは、たいへん視野の狭いもったいないことではないか、ということ。

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