スライド会再会第二弾(暑さ対策として、急遽近所の氷屋さんに頼み氷柱を導入!)、渡辺菊眞氏による「土嚢から建築へ」のスライド会は、流麗かつ怒濤・特濃、「立て板に土石流」という感じの2時間でした。

土嚢シェルター開発者(カリーリNader Khaliliというイラン系アメリカ人建築家)のアイディアとその限界性について評価を加えながら、8年にわたる土嚢建築の試み、さらなる建築的展開への構想を、惜しみなく披露していただきました。また、技術面を担われた天理の河口さんによる試行錯誤の話は、現場の中で技術が育っていく様が生き生きと感じられるものでした。
(土嚢建築の写真などは、Dのサイトでたっぷり見ることができます)
渡辺菊眞氏は僕にとっては、布野研の先輩であり、また京都CDLの運営委員長として、僕の建築に対する考え方に、とても大きな影響を及ぼしてくれた方です。
(以下、不遜を承知で書きますが、)渡辺菊眞氏の建築が発する迫力は、独特の造形言語はもとより、恐るべき稠密さで構造化された空間構成によるところが大きく、さらにその空間構成の徹底ぶりは、「建築の中にマンダラを内蔵させることが自分の職能だ」と自ら断言するように、建築空間を宇宙的秩序(あるいはもう少し身近な言葉で言えば、「認識のレベルが一段上がった場所」)へ接続する回路として実現しようとする、強固な意志に基づいています。(マンダラとは、端的にいえば「宇宙的秩序と人間との媒介装置」であるから、その意味では「建築をマンダラ化する」と言い換えてもいいと思う。そう言ってたかも)。
このような考え方自体は古くからある建築観でもあるし、僕も大いに「共感」もし「憧れ」もするのですが、実践するのはなかなかに難しいこと。
渡辺菊眞氏のすごいのは、この信念というか姿勢というか立脚点が、活動に具体的に活かされつつ、かつほんとうにブレるところがない点です(時々に変奏はあるようですが)。
足下いまだおぼつかない僕なんかは、それを見るといつも、頭が下がるやら背筋がのびるやらの思いで一杯になるのです。

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この間の日曜、森田一弥氏のスライド会は、今後の活動の広がりを予感させる魅惑的なキーワードも披露された、約2時間にわたる迫力のプレゼンテーションでした。
実に1年4ヶ月ぶりのスライド会とあって、また今ノリノリの森田氏の講演とあって、常連職人メンバーの他、東京からやってきた臼田さん、学芸出版の中木さん、神戸から畑中久美子さん、神戸芸工大院OG・石井さん、安井さん他、様々な方が参加してくれました。ちゃんと話せてない人も多いのだけど、ちょっとご紹介。
まず、布野研の先輩・渡辺菊眞氏、後輩の魚谷繁礼氏。お二人ともすでに建築家として激しく活躍中で、次回・次々回の講師をお願いしている。詳細はまた後日お知らせしますが、とびっきり濃い内容になることは間違いない。
修学院の建築論で学位をとられた京都大学田路研の田中明さんは初参加。今年2月の博士論文公聴会がたまたま僕の公聴会と同日で、その時初対面。発表直前の緊張ピークな時間を共有した関係でもあります。5月になって、SSSで協働している小澤雄樹先生の事務所で、たまたま再会。そんな縁もあって、今回遊びに来てくれました。田中さんのスライド会も企画中です。
他に、チベットやラオスで学校や図書館の自力建設をされている、「建築旅人」(と名刺に書いてある)の鈴木晋作さん。バックパッカーとして同じ匂いを感じます。活動の話を詳しくまた伺いたい。
「宮殿師(「くうでんし」と読む。「宮殿」は厨子など仏像を納めるとこ)」の市原聡志さんも、初めて来てくれた方です。「宮殿師」なんて仕事があったのか、というのが率直な感想です。モノがあれば当然それを作るヒトがいるわけですが、そもそもモノ(「くうでん」)を認識していなかった。そういう風に見過ごしてるものは沢山ありそうです。ちなみに市原さんに頂いた名刺はクスノキ製で、擦ると樟脳の香がします。なんとも。
建築系の講演会にもいろいろありますが、小さなボロい町家を会場に、講演と懇親会がシームレスに繋がりかつエンドレスに続くのが神楽岡のスライド会の特徴です。
そのような場所で、建築家とか設計者だけでなく、幅広く建築に関わる方々とじっくり酒を飲みながら話せるのは、なかなか他では得られない機会であることよと、主催者がいうのも何なんですが、久々のスライド会で改めて実感しました。
こう書くとなんだかすげぇ男臭い会みたいに勘違いされそうで、それもあながち間違いではないのですが一応フォローすると、参加者の半分くらいは女子です。それと、エンドレスで飲んでるのは一部です(僕は最近早々に潰れますが)。大半は終電までに帰ります。怖がらないでください。
そんなスライド会も今年で6年目、今後も息切れしない程度に続けていきたいと思ってますので、興味のある方は、是非気軽に遊びに来てください。
毎回の案内は"What's NEW"のほか、メーリングリストでも配信しています。
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神楽岡スライド会、一年半ぶりの再起動。
今月からはしばらく、京都を中心に活動する若手建築家シリーズとしてお送りする予定です。
再開第一弾は、スペイン帰りでますます絶好調のラテン系、森田一弥氏によるスペイン建築事情の報告です。
どうぞふるってご参加下さい。
>> 「08年07月06日 スライド会:スペインの建築事情から左官技術まで」
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3/25のスライド会の様子。
鈴木健太郎氏所有の丸太が山積みになっているため、いつにも増して密度が高い神楽岡。そこへ30人超の来場がありたいへん賑やかな状態に。
土間・床・丸太と三段階の床レベルからなる立体的な観賞空間となりました。
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3日:恒例企画となった餅つき。
今年はご近所の方やちびっ子達やスイスからの留学生(町家の保存を研究)も含め、20人くらいが集まりました。
路上にイスを並べ、一斗缶のコンロに2×4材の薪をくべ、羽釜で米を蒸し、代わる代わるに餅を搗く。そのかたわらで、ちびっ子たちは神楽岡裏庭にある露天風呂(製作:樋貝・山田両氏)にフリチンで飛び込み、しばらく裸でそこら中を走り回っていた。その時あたり一帯には「昭和」の雰囲気が実に濃厚に漂い込めており、通りがかりの人々も思わず足を止め、引き込まれていったのでした(黒豆やお焼き、抹茶の差し入れを頂きました。ごちそうさまです)。
餅の出来映えはなかなかよし。一昨年→去年のような革命的前進(前日から米を水に浸すことの発見)は無かったものの、着実に進歩している。
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12:00
1時間半近くも見ていたのに、全然時間足りず。門藤氏なぞは自転車を借りて公園内を走ろうよー、などと言う。そんなことをしてたら、今日の遠足はここで完結ではないか。
名残惜しくも、青年の城を出発。
走り初めてすぐ、車の一台のタイヤに故障が発生したため急遽ガソリンスタンドにピットイン。近所の回転寿司で食事。
14:00
第三目的地、湖東三山の一・百済寺に到着。
紅葉の名所ということでもの凄い人出でした。
百済寺は、まず参道がよかった。
なだらかーに登り、緩やかーにくねる、土の道。両脇に木々が並び、程よいスケールの石垣が道に沿う。これまでに見てきた中でも、ワンノブザベスト参道である。
そんな参道を登ること20分。息が上がりかけてきたところで、本堂につく。石段の突き当たりから一旦曲がり、一段上がって境内に入るアプローチがにくい。
庭園。池を中心とした庭園が建物と築山によって囲いこまれていて、箱庭に入ったような空間感覚が独特であった。水谷氏は手入れが悪すぎると酷評。とにかくすごい人出で落ち着けなかったのは残念だったけれど、まるでベルトコンベアーのごとく人の流れる様に、「回遊式」庭園の真価(?)を垣間見たのでした。
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論文モードのエンジンはようやく暖気されてきた感じです。
遠足報告はだいぶ間が空いてしまった。年内完結を目指して駆け足で行こう。
左:飛び出した3階部分からピロティに舞い降りる螺旋階段。
こういうの学生の頃作りたかったんだよなぁ。
右:ちょんぎられた青年のシンボル=「青年の塔」
左:トイレ。トップライトに注目。ピンクなのは女子用だから。
中:廊下
右:螺旋の階段室。螺旋の中心の吹き抜け部分に蛍光灯を配したポールが吊られている。
とっても簡素で経済的なデザインなのだが、実に格好いい。
のぞき込むとこんな感じ。
飛行機のジェット・エンジンを彷彿とさせるエントランス。
脇にはさりげなくあの人が佇む。さすが滋賀。
丸窓に群がり喜々としてカメラのシャッターを連射する一行。ほとんどアイドル撮影会。
職員の方の怪訝な視線も気にせずに。
時代のデザイン傾向をあまりに濃厚に反映しすぎたがゆえ、「青年の城」を眺める目には、昔の記念写真アルバムを開く時のような、ある種の「笑い」がつきまとわざるを得ない。建設から40年も建っていることだし、塔の解体に代表される設計上の破綻も少なからず目に付く。
とはいえ、そのデザインの密度には目を見張るばかりである。時代がかった細部のデザインに目が行きがちであるが、平面計画もとてもよく練られている。
「青年の城」という施設は如何なる建築であるべきかを問い、それに対して、「使い手にまかせます」とかいうスタンスではなく、設計者自らが徹底してデザイン的に答を出していくという姿勢は、(たとえそれが誤答であったとしても)敬意を表してしかるべきものだと思うのである。
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23日、2006年の神楽岡忘年会を恒例のラトナカフェにて開催。
初めての方からお久しぶりの方まで、いろいろ忙しい年末に皆様お集まりいただきありがとうございました。今年は何やら目出度いことも多く。2001年からやってるから今年で神楽岡は6年目というわけですが、さて来年以降どうなっていきますか。
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9:20
近江神宮を出発。寝坊した庭師・水T氏は、二日酔いで完全にグロッキー。僕の運転だと酔って吐きそうだから、自分で運転するとのことで運転手交代。実は僕も二日酔いだったのでありがたい。
途中、石山寺付近に鮒寿司の名店があるとの情報を元に商店街をさまようが、結局発見できず。なんのこっちゃ。
10:40
そうして第二目的地、青年の城に到着。あらかじめ見学の申込みをしていたら、職員の方がわざわざ資料を用意して配ってくれた上に、たいへん丁寧に館内を案内してくれました。
「青年の城」は、「滋賀県希望が丘文化公園」内の一施設である。
頂いた資料(「希望が丘文化公園:建設の記録」滋賀県企画部発行、1976年)によれば、この公園は1968年の京大西山夘三研による報告書「滋賀県における文化公園の構想に関する基本調査研究」に基づいて計画された。東海道新幹線や名神高速の開通などにともない激変しつつある国民の生活様式、それにふさわしい新たなるレクリエーション施設とは如何なるものか、というのがその研究テーマである。報告書では3つの敷地についてケーススタディが行われ、その中から現在の希望が丘地区が選定され、実施に移されたのである。具体的な敷地計画、施設設計は、当時京大助教授であった上田篤の指導のもと、都市科学研究所(中島龍彦)が行っている。竣工は1972年。
以上、基本情報。
青年の城を訪れると、まずはその敷地の広大さに驚く。琵琶湖の東南にある丘陵部の山麓・谷間部に830haにおよぶ広大な敷地が広がっている。すぐ北に東海道新幹線、すぐ南に建設当時は計画中であった名神高速道路が走っており、ここらへんが敷地選定に際して大きな決定要因となったのではと推測される。実際、車であれば大津から30分もかからない。高速を使えば京都からもすぐだ。敷地は山に囲まれ、広大な芝生が文字通り見渡す限り広がっていて、なかなかに贅沢な場所。
玄関から入ったホール(と、そこに何故かそびえたつダビデ像)。設計主旨の文章によれば、この2層の吹き抜けとなった線状の空間が「みち」、そこに接続する研修室や宿泊室などの諸室が「いえ」とされ、全体が「まち」に見立てられる。だから照明も街灯風だし、空のように明るいガラス屋根で覆われている。空に浮かんでるロケットみたいなのは、たぶん空調の吹き出し口。
左:
この吹き抜けにある、高さ10m近くはあろう巨大な鉄製の防火扉。たとえ法律上防火区画を設けなければならなくとも、決してこの「みち」を塞ぎたくはなかったと見える。制度と強固な意志の衝突から生み落とされる規格外のデザイン。
右:
かつてあった「青年の塔」へと登る入り口。なんだか可愛らしい顔をしている。塔は昨年10月に解体されたばかり。その理由は、老朽化(コンクリートの剥落があったとか)の他に、風で塔が揺れた時の振動がガラス屋根に伝わって、ガラスが割れてしまうことがあったのだとか。
うーん、いかん。この調子で書いてると終わりそうにないぞ。
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一番下の段にある手水舎と二段目にある旧大津裁判所本館車寄(現在の名前は「自動車清祓所」ということだから、車のお祓いをする場所になっているようだ。車路もそのまま残っている。かつての形態と移転先の事情を融合させた見事なコンバージョンではないか)。
どちらも四隅に3本の柱がL字形に配されているのが目を引く。このような柱の造形は寺社では初めて見た。スケールに比して妙にマッチョな印象はあるが、なかなかに格好よい。
外拝殿の袖部分。モデルは桃子嬢。柱の足下をつなぐ横材(部材名を何と言うんだったか、腰長押?)の高さが、腰をかけるのに丁度よい高さになっている。アンコールワットの窓も似たようなスケールを持っていたが、こういう使い手にフレンドリーなさりげない設計配慮は嬉しいものです。近寄りづらいイメージの寺社建築だとなおさら(ツンデレ効果)。
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