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■ 06年06月16日(金)

春の遠足3 吉備津神社[柳沢究]

遠足もそろそろまとめてしまおう。

3つ目は吉備津神社。あいにくと数年にわたる屋根の檜皮葺替え工事中で、本殿には覆いがかけられていたけれど、事前にお願いして現場の中を見せてもらった。これまた貴重な体験である。
吉備津神社は外観からして大艦巨砲の戦艦っぽく、ガンダム心がくすぐられるものがあったが、覆いの内部はまさに兵器製造ドックの趣き(実際に修理ドックなんだけど)。

 

「檜皮がないようだが…」
「あんなの飾りです!偉い人にはそれがわからんのですよ!」

いやいや…


ちょっと真面目な話もしておこう。
吉備津神社の構造形式(比翼入母屋造あるいは吉備津造と呼ばれる)は他に比類のない独特の形状ということだが、何故この形状が生まれたのかというのは、手元の文献を見てみてもよくわからない。
本殿の平面は、三間社流造(下鴨神社のような形で、最も一般的な神社建築様式の一つ)の内陣・内々陣の周囲に、庇が二重にまわった入れ子状の構成をしている。
これを素直に立ち上げ屋根をかけると、やや庇の長い入母屋になると思うのだが、ここでは何故か棟が前後に細胞分裂している。双子だ(奥の棟は内々陣、手前の棟は朱の壇の上部にあるようだから、両者を同等に扱おうとしたのかという想像もできるが、さらにその前方に拝殿がズコーンとくっついてくると、もうよくわからない)。
断面は断面で、拝殿から奥にすすむにつれ床が上がり、その最上段に内々陣があるという、まことにヒエラルキカルな構成をもつ。
つまり吉備津神社は、平面は入れ子状、断面は階段状、そして立面(屋根)は双子の同形並置、というそれぞれ異なった構成原理を組み合わせて空間がつくられているという、何とも不思議な建築なのだなぁ。


檜皮葺き替えの様子。数年かけて材料を調達しながら直していくというのは、あらためて考えると凄いことである。


ガンダムで思い出したけど、岡山にはとんでもないモノがあったようだ。事前に知っていたら絶対遠足に組み込んだのに、残念。
制作者のインタビュー(←インタビュアーの質問が妙にマニアックで面白い)

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■ 06年06月06日(火)

6/25のスライド会[柳沢究]

今月のスライド会には、建築家+左官屋=森田一弥氏が久々の登場です。
森田氏がつい先月訪れた、モロッコはマラケシュでの熱い体験を数々のスライドともにお話いただきます。

■日時:
2006年6月25日(日)19:00〜

■テーマ:
「モロッコの左官職人 〜石で磨くマラケシュの漆喰技術〜」


詳しくはWhat's NEWをご覧下さい。

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■ 06年06月02日(金)

旧大國家住宅について・追記[柳沢究]

なるほど文化財指定にもいろいろ大変な裏側があるようで。
事情はよく知らないけれど、仮にお金が目的で国指定にしたのだとしても、文化財を維持・管理していくためにコストがかかるのは当然のことであって、指定のプロセスにどこぞの審査のような不正や問題がない限りは、少しも非難されるべきものではないですよね。


ところで、旧大國家住宅が文化財として認められた理由というのは、調査報告書によれば、(1) 比翼入母屋造という極めて特殊な屋根形状をもつこと、(2) 創建以来たびたび行われた増改築の経緯を示す資料が豊富に残っていること、の2点である。

(1)の単に他に例を見ない特殊な造形だけでは、珍しいね、というだけで、あまり意味がない。保存や調査に値するとすれば、その特殊な造形がもの凄く魅力的な空間を生んでいるか、あるいは、その特殊性が形成されるに至ったプロセスから一定の一般性を持った知見(当時の社会状況や建築技術、住宅観など)が導き出せる/出せそうな場合のどちらかである。大國家の場合、この点を(2)が保証している。

大國家の空間的魅力に関しては、悪くはないがそれほどでもない、というのが正直なところ。民家としてのプリミティブさであれば箱木千年家に及ばないし、柱梁架構の美しさ・迫力では吉島家日下部家が勝る。
しかし大國家が面白いのは、たび重なる増改築の結果、内部空間がえらく込み入っている点だ。比翼入母屋造という非常に複雑で象徴的な屋根をわざわざ作っているくせに、屋根形状と内部構成が全然対応しておらず、柱があるべきところに無かったり、台形に歪んだ部屋があったりする。母屋の隣にある蔵座敷の一階は、細かに仕切られた部屋が複雑に組み合わされ、まるで畳の迷路空間である。一体何を考えてこんな家をつくったのか、理解に苦しむほどに錯綜している。
大國家の増改築が、当時盛んに信奉されていた「家相」に大きく影響されていることは分かっており、方位等を書き込んだ増改築計画図面が何枚も残されている。しかし前近代の建築を機能性だけで説明することができないのと同じく、実際に住まわれる住居の空間を「家相」だけで読み解くのは現実的ではないだろう。今後、残された資料により詳細な検討が加えられれば、これまでにない当時の住居観や生活像が見えてきそうである。

昔は一軒の家を建てたら、火事で燃えたり地震で崩れてしまわない限り、時々の要求に応えるための増改築を重ねながら、何代にもわたり執念深く住みこなしてきたと考えられる。大国家はその痕跡を今に残す希少な事例という点で、価値ある「文化財」なのだ。
そもそも建築とはそのように増改築されながら使われ続けるものである(かどうか)、という議論はひとまず置いておくとしても、時代を経て複数の人間の手が加えられてきた建築の方が、ある時代に一人の人間が考え完成させた建築よりも、時に魅力的であることはよくある話。新築が難しくなり、今すでにある建物を如何に使うかがテーマになりつつある時代において、旧大國家住宅はなかなか示唆に富む建築ではないかと思うのである。

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■ 06年05月25日(木)

春の遠足2 旧大國家住宅[柳沢究]

旧大國家住宅というのは、閑谷学校からほど近い和気町尺所にある。吉備津神社本殿と同じ「比翼入母屋造」というえらく凝った屋根をもつ、一風変わった民家だ。創建は1760年という。

 →ぐるぐる動く旧大國家住宅

初めて本格的に実測・調査されたのが2003年(広島大学三浦研究室による。←なんだかとても楽しそうな研究室)、その調査報告を受けて国の重要文化財に指定されたのが2004年。このように文化遺産として整備され始めたのがかなり最近のことなので、建物は内外ともほとんど修復されておらず、あちこちに傷みがみられる。しかしそれが逆に、一つの住居が二百数十年の間住まわれ続けてきた(平成14年まで実際に大國家の人が住んでいた)ということの、厳しさ生々しさを直截的に感じさせてくれる。これは綺麗に復原・修理され、一般公開されている民家からは想像しづらいものだから、なかなか貴重な体験であったと思う。

 

ちなみに、旧大國家住宅は通常一般公開はされていないけれど、事前に和気町の教育委員会に申し込めば、見学できたりできなかったり。

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■ 06年05月22日(月)

春の遠足1 閑谷学校[柳沢究]

たいへんご無沙汰しております。
3〜5月前半は「げのむ」の仕上げやら引っ越しやらが重なり、ヒーヒーでした(言い訳)。そんなこともありHPでの案内はできなかったのですが、この間の日曜日に恒例の「春の遠足」を決行しました。今年は閑谷学校、旧大國家住宅、吉備津神社、後楽園を巡る備前・岡山ツアー。滋賀県大・山本先生の飛び入りもあり、総勢20名の賑やかな遠足となったのでした。

まずは、閑谷学校
山間の道を抜けるとスカッと拡がる敷地、備前焼の屋根瓦と眩しいほどに白い漆喰壁が新緑に映え、何とも爽やかな風景。この爽やかさは、小高い山の懐に抱かれた平地というロケーション(風水的に選ばれたと聞く)もあるが、植栽のメリハリによるところが大きい。植物の繁茂しやすい日本では、ふつう建物周りは植物が全然なしの砂利敷か土、あるいは鬱蒼とした木々に囲まれてしまいがちなのだが。建物間の距離をほどよくとり、石塀や火除山、排水溝などの曲線が柔らかくめぐる。この澄明で端正な敷地計画には、ちょっと日本離れした感覚を感じてしまう。これは後楽園をも計画したという津田永忠のセンスなんだろうか。
ちなみに右の写真は昨年の冬に訪れた時のもの。緑の中に浮かぶような春と、周囲にとけ込むような冬。季節が違うと受ける印象はかなり異なるものの、どちらも見事に敷地と呼応していて驚く。

 

ちょうど我々が訪れたとき、地元の中学生と思しき子供らが、講堂に正座して(足の痺れに耐えながら)論語の復誦をやっていた。「子曰わく、過ちて改めざる、是れを過ちと謂う(子曰 過而不改 是謂過矣)」
講堂の床は入れ子になっている母屋の部分だけ、漆が丹念に拭き込まれ、鈍く光っている。火灯窓から外へほわーっと誘い出されるような感覚がある一方で、講堂の中心に意識がぎゅーっと集まるような求心性もあり、開放感と緊張感の同居した、まこと勉学に相応しい環境というべきか。

 

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■ 06年02月27日(月)

3/19のスライド会[柳沢究]

3月の神楽岡の案内を載せました。
詳細はこちらをば。

テーマは「ヨーロッパにおける“森”と“庭”の意味の変遷─整形式庭園からエコロジカル・プランニングまで」。
ヨーロッパの庭園史からランドスケープ・デザインの最新動向までを踏まえながら、「森」や「庭」というものが人間にとってどのような存在であったのか、またこれからどのような関わり方があるのか、というような話をしてもらいます。講師は神戸芸工大の同僚でもある九州男児・上原三治氏です。

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■ 06年01月26日(木)

22日の反響[柳沢究]

22日のスライド会については、コメントの他にも、

「絵に描いたような酔っぱらいが見られて楽しかった。…色んな意味で、稀に見る非常に楽しく興味深いスライド会でした」
「過去最高と絶賛のスライド会に酔っぱらいは絡むは、骨マニアは絡むは、絡む絡む。それらみんな含めてとても楽しかった」
「冷静に淡々と語る講師と、会場の乱れ具合のギャップがおもしろかった。 あんな、コントに出てきそうな酔っ払い、初めて見ました。いろんな意味で貴重な会を、ありがとうございました」

などなど、いろいろな方から温かい感想(フォロー?)を頂きました。ありがとうございます。とはいえ、そもそも自分が何をやってたかという記憶が断片的なので、あんま喜んでもいられないのですが。とにかくいい会になったということで…

…というような、普段書かないことを書いているのは、今月中に仕上げねばならない論文から逃げているから。あぁもう。

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■ 06年01月22日(日)

メディアとしてのミュージアム[柳沢究]

新年一発目のスライド会。
夕方から雪が降り出したためか、いつもより若干少な目の人数でしたが、それを補って余りある(むしろ何でこんな日にみんな来ないんだというくらい)面白い内容でした。

この日の講師・図師宣忠氏は京都大学で中世フランス史を専攻し、現在学位論文に取り組んでいる。僕と大学の同級生でもあるのだが、知り合ったのは実は一昨年くらいのこと。ゴリゴリの研究をやる一方で視野が閉じていなくて、自分の研究分野のことも門外の人間にわかりやすくかつ面白く話せるという、研究者だったら当たり前のようでいてなかなかできない事を、さらりとやる。憎い。というわけで、付き合いは短いのだけれど、妙に波長があって最近仲良くしている。

前置きが長くなったが、今回のスライド会は彼のサブ・テーマである「ミュージアムにおける恐竜の展示方法の変遷」をやってもらった。ミュージアムといいながら、建築のことはよくわかりませんといいながら、パノプティコンの絵からスタートするところが、さすが。近代のミュージアムは知識を分類整理し一望監視型の構造にはめ込むところから始まるという話から、近年の結論ではなく過程そのものの展示へ至る道筋を、熱烈な「恐竜愛」とともに語ってくれた。
詳しい内容は後で独立のコンテンツとして書き下ろしてもらう予定なのであまりふれないでおくが、世界をいかに把握し表現するかという方法には、様々な分野にわたって共通する時代的な構図がある。その大枠を意識しながら個別の差異を吟味するのが他分野の事を勉強する面白味の一つなんだと思う。

もうちょっと小さな感想としては、マニアはやっぱおもしれーということ。注いだエネルギーに比例した知識の厚みと熱がある。おかげで話を聞きながら酒がすすむすすむ。すすみすぎて途中からわけのわからなぬ状態に突入してしまったのは反省であるけれど。図師氏や参加していただいた方にはちょっと(だいぶ?)ご迷惑をかけてしまったようでスイマセン。でもそれも彼の話があまりに面白かったためと、寛大なるご容赦を願いたい(いつもはあんなじゃないんです)。

その様子については(自戒の意味も込めつつ)、参加者の一人であるカナヱさんの文章(と写真)をお借りしてお伝えしておこう。

「(スライド会は)二時間以上ノンストップの長丁場で、後半は氏の恐竜への深い造詣と愛を熱く語っておられたのですが、このあたりになると、私の隣で焼酎ビール割りを一人ガンガン飲んでおられた主宰者のQ氏をはじめ、約数名は完全に良い具合となっておりました。笑
Q氏の大きなしゃっくりが響く中、呂律の回らぬ口調で野次とも言える質問を浴びせられ、それに困りながらも一生懸命応える図師さん。彼の純粋な恐竜への思いは、酔っぱらい達の野卑な笑い声にかき消されていくのでした・・・嗚呼・・・。笑


  

写真左:スライド会の様子
写真中:酒盛り中
写真右:恐竜標本に興奮した酔っぱらい要員S氏が披露してくれた骨コレクション」

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■ 06年01月03日(火)

餅つき[柳沢究]

神楽岡として第2回目となる新年餅つき大会を決行。
道具は水谷さんがはるばる三重から運んできたケヤキ製の立派な臼と杵である。
昨年は餅米を前日から水に浸しておくのを忘れ、当日朝にあわてて水に浸したために、できそこないのおこわのような固いモチになってしまった。今年は準備万端整え、トッピングもきな粉、あんこ、ゴマ、大根おろし、納豆、バター醤油など、充実のラインナップで、完璧な出来映えであった。

終了後はパキスタン調査報告スライドを見ながら、まったりと飲み続ける。
実に正月らしい一日。

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■ 06年01月01日(日)

謹賀新年[柳沢究]

今年もどうぞよろしくお願い致します。

3日は11時から神楽岡前路上にて餅つきを行います。
2時頃からは、畑中&山本さんによるパキスタン地震調査報告スライド会も催します。
京都におられる方は遠慮無く遊びに来てください。

寝正月。早くあったかくならんか。

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