現在編集中(なかなか終わらない…)の「げのむ」第6号にて、下記のようなアンケートに基づく記事を作成しています。
是非ともご協力下さい!
(ちなみに質問1の回答例は僕自身の体験です)
…なぜ『怖い京都』という設問なのか?
ここでも何度も書いてますが、6号のテーマは「境界」。
「境界」とはある領域と領域の狭間であり、双方に属しているようでもあり、どちらにも属さない場所であるともいえる。それゆえ「境界」は様々な束縛やルールから比較的自由な場所であり、領域の「内部」では起こりにくいような興味深い事象が発生しやすい。これが境界に注目する理由。
では、眼に見える境界・地図に現れる境界は分かりやすいが、そうでない境界を発見する有効な手法はあるのだろうか? 新たな境界を発見することは、都市をみつめる視線の深化につながるのだから、これはあながち意味の無い問いではない。
ところで、やや一般化して言えば「境界」とは「日常」のルールが通じない場所である。そしてそんな場所で生起する事柄は、「非日常」=「ここではない世界」=「異界」のものであり、我々がそれを体験した時におぼえる感覚は、「驚異」あるいは「恐怖」と呼ばれるものであろう。
つまり逆に考えると、常識や日常感覚を超越する「怖い」「おそろしい」体験を誘発しやすい場所や事物があるとすれば、そこには何らかの境界性が見いだされるのではなかろうか?、という仮説がたてられる(実際、多くの怪談話は川や橋、辻、現代でいえばトンネルなど、都市の境界部分を舞台とするのである)。
…というのが、少々大げさになりましたが、このアンケートの意図です。けれどもまぁ、あまり深く考えずに気軽にお答えいただければ幸いです。
アンケートを元にして、↓こんな記事ができる予定。
「京都午前零時〜夜は何でできているか?」
(『京都げのむ』創刊号所収)
※画像ちょっと重いです。
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