神楽岡工作公司
古色に関する覚え書き
0.  「古色」とは 3.  その他の古色材料各論
1.  神楽岡工作公司で用いた古色材料各論 4.  古色に関する現状と展望(追加)
2.  神楽岡工作公司で用いた古色仕上げ 5.  付録、参考文献
1. 神楽岡工作公司で用いた古色材料各論

 べんがら(弁柄、紅柄、紅殻、red iron oxide)
 しょうえん、ゆえん(松煙、油煙、lamp black)
 ちゃこ(茶粉、Bismarck Brawn)
 えんたん(鉛丹)
 ぐんじょう(群青、Ultramarine)

 かきしぶ(柿渋)




■ べんがら(弁柄、紅柄、紅殻、red iron oxide)


弁柄

・名称:

弁柄、紅殻(べにがら)などの当て字で書き表される。名称の由来は、最初にインドのベンガルBengal地方から輸入されたためといわれる。鉄朱、鉄丹、血朱、代赭(※1)、インド赤 (※2)、ベネチア赤(※3)、トルコ赤(※4)などの様々な呼称がある。

・成分:

ベンガラとは、酸化鉄(III)(酸化第二鉄、三酸化二鉄。化学式:Fe2O3)を主成分とする赤色無機顔料の日本における通称である。

・歴史:

赤色顔料としては朱とともに、最も古くから世界中で用いられていた。中国では周口店山頂洞(※5)に、ヨーロッパでは後期旧石器時代の墓から見いだされ、日本でも縄文早期の東釧路貝塚などが古い例として知られる。墳墓を彩色したほか,土器や埴輪に塗られ,壁画や寺院建築,また身体装飾にも用いられた。

・色調:

基本的に暗赤色。赤褐色であるが、組成や酸化鉄の純度、製造の際の加熱温度などによって、色合いに変化がある。一般に加熱温度が低い(600〜700℃)と黄味をおびた赤色となり、温度が高い(700〜800℃)と赤味が多くなり黒色を帯びる、さらに高温(800℃〜)では紫がかった暗赤色が得られる(紫ベンガラ)。

・性質:

耐光性、耐候性、耐熱性がともに高く(つまり日光、空気、水、熱に対し耐久力が大きい)、また化学的にも極めて安定で、他の顔料と併用しても変色しない(酸、アルカリにも安定。油とも反応しない)。着色力(※7) 、隠蔽力(※8)が大きく、また安価で毒性もないため、広範に使用されている。

・製法:

硫酸第一鉄FeSO4・7H2Oを100℃程度で脱水してFeSO4・H2Oとし、これを更に600〜800℃焼いてFe2O3にする(※6)。

FeSO4・7H2O=FeSO4・H2O+6H2O
2FeSO4・H2O=Fe2O3+SO2+SO3+2H2O

■ 日本での伝統的製法:

日本でのベンガラの製造は、17cに岡山県川上郡吹屋で初めて行われたとされる。原料は硫化鉄鉱が自然風化してできた硫酸鉄(ローハ)(※9)である。この製法は人工硫酸鉄を原料とするよりも黄味がかった良い色ができ、漆用に適するといわれるが、手間と時間がかかるためその生産量は少ない(※10)。

「ローハを作る方法は硫化鉄鉱を風通しの良い所に積み、時々水をかけると自然風化により6ヶ月から2年位で硫酸鉄ができる(2FeS2+7O2+2H2O=2FeSO4+2H2SO4)。これを水で抽出して、その溶液に鉄屑を入れ硫酸を中和すると、吊してある鉄片に緑色の結晶(ローハ)が付く。或いは硫化鉄鉱と木とを交代に積み重ねて、これを不完全燃焼してローハを作る方法もある。上の様にして作ったローハを乾燥したものを粘土製の盆状の皿(ホーロク)に入れ、これを窯の中に積み重ねて、薪で温度を上げ、時々試料を採って見ながら中のものが希望の色になるまで焼く。これを水簸、乾燥し、色合いにより種々の品質に分ける。」(※11)


・私見:

安くて、扱いやすいし、水に溶けやすく、毒もないし、保ちもよい、といいことづくめのベンガラであるが、要は鉄のサビである。そのため現代の塗料のような鮮やかな赤色はではなく、渋〜い赤である。植物性の染料を除けば、建築に鮮やかな赤(朱や丹)を用いるというのは非常に贅沢な事だった。朱や丹を貴族の赤とすれば、ベンガラは庶民の赤であったのだ。

■ 註

※1:

代赭(たいしゃ):代赭石を顔料とした色のこと。ベンガラと同質。中国、山西省代州で良質のものが採れることからこう呼ぶ。

※2:

インド赤:インド産の赤鉄鉱からつくった赤色顔料。現在ではベンガラのうち暗赤色の深いものをいう。インディアン‐レッドIndian reds。

※3:

ベネチア赤:硫酸石灰(硫酸カルシウム。化学式:Ca SO4)を多量に含んだものをいう。ヴェネチアン・レッドVenetian reds。

※4:

トルコ赤:黄色味の多い鮮やかな赤色のものをいう。ターキー・レッドTurkey reds。

※5:

北京原人(シナントロプス−ペキネンシス)の発見地。

※6:

この製法を「乾式法」と呼ぶが、副産物であるSO2などによる公害の危険性をさけるために、熱分解によらず硫酸第一鉄から黄色酸化鉄および黒色酸化鉄をつくり、これを脱水することにより酸化鉄(。)を得る方法(湿式法)もある。

※7:

着色力:他の色(白色顔料)と混ぜたときに、それを自分の色に近くする能力のこと。

※8:

隠蔽力:顔料を塗った際に下地を隠す力のこと。隠蔽力の大きさは、単位重量の顔料が隠蔽しうる面積で示される。

※9:

ローハは、硫酸鉄の通称である緑礬(りょくばん、ろくばん)が転訛したものといわれている。

※10:

[桑原:1948] には当時、岡山、広島などの山間工場でこの製法が行われていたことが記されているが、現状では不明である。

※11:

桑原:1948;221




■ しょうえん、ゆえん(松煙、油煙、lamp black)


・名称:

油類、樹脂類を不完全燃焼させて作った煤を集めた、炭素黒色顔料。厳密には、樹脂含量の多い松材(通常松の根の部分)を原料とするものを松煙、菜種油などの油類を原料とするものを油煙と呼ぶ。特に品質の良いものは植物黒(しょくぶつくろvegetable black)と呼ばれる。

・成分:

主成分は無定形の炭素(C)であるが、カーボンブラック(※1)に比して不純物の含量が比較的多く、溶剤に溶けて着色するタール分を含む。タール分を含むため水と混ざりにくく、乾性油(※2)ともすぐには混ざらない(※3)。また油を加えて十分に混ぜないでないで長い間放置しておくと、自然発火することがある。

・歴史:

黒色顔料として古くから様々に用いられ、東洋では墨、西洋ではインクの材料としても使用された。カーボンブラックが生産される様になるまでは、最も純粋な炭素黒色顔料であった。

・色調:

基本的に純粋な黒色であるが、白色顔料と混ぜると青味のある灰色をつくる。品質の悪いものはタールによる褐色味を帯びる。

・製法:

鉱物油、植物油、松脂、樹脂、タールなどを鋳鉄の皿に入れ、下から加熱し、空気を調節して不完全燃焼させ、出来る煤を通風で運んで集める(図参照)。皿から遠いほど、粒子の細かく高品質のものがとれる。皿に近い部分では、燃えない油分や不純物を含んでおり品質が良くない。生産効率は、原料として利用した油類の重量の約30%程度である。

■ 日本での伝統的製法

現在でも奈良県では、以下のような伝統的な製法で得られた煤を膠(にかわ)と練り固めた上質の墨を生産している。

「直径15B位の更に菜種油を入れ燈心を入れて点火し、その上に袋を吊って煤を集める。燈心の数を多くすると短時間に沢山作れるが、燈心の小さい程良質の製品が得られる。奈良地方で行われる製法は高さ4m、横3m、間口2m位の室の周囲に3段の棚を造り、この棚の上に多数の皿を並べ、これに菜種油及び燈心を入れて点火する。皿の約10B上を空皿(素焼の陶器製板)で被い煤を付ける。室内の温度は20〜25℃に保つ。皿は棚の上段に60、中断に70、下段に80置くと、1日に上等品2.6L、中等品3.8L、並等品4.5Lが得られる」(※4)

松煙の日本における主産地は、日向、土佐、和歌山である(あった)。

■ 註

※1:

カーボンブラックCarbon Black:天然ガスを不完全燃焼させて工業的に製造される。ほぼ純粋な炭素粒子からなり、現在の黒色顔料の主流。

※2:

乾性油:空気にふれると酸化されてかわき、固まる性質をもつ油。亜麻仁(アマニ)油・桐油などの植物油がこの類。ペンキ・印刷インク・油絵の具などの溶剤に用いる。

※3:

アルコール(特に日本酒)を用いるとよく溶けることが確認された。これはアルコールが界面活性剤として働き、顔料に親水性を与えたものと考えられる。

※4:

桑原:1948;196




■ ちゃこ(茶粉、Bismarck Brawn)


・名称:

正式にはビスマーク・ブラウン。
暗褐色の粉末状であるため日本では通称として「茶粉」と呼ばれる。

・成分:
・歴史:

塩基性の有機顔料。主に絹などの染料として20c初め頃から生産されている。工業製品であり伝統的な天然顔料ではないが、木材と相性がよいため、近年寺社の修復時の古色に最もよく使用される材料の一つである。

・色調:

水に溶かして木材に塗布すると鮮やかな橙色(あるいは明るい褐色)を発色する。隠蔽力が弱く透明性があるのが特徴であり、木材の美しい肌合いや木目を損なわない。茶粉は水(特に温水)によく溶けるが、無機顔料に比して着色力が非常に強く、ごく少量で大きな発色が得られる(※1)

■ 註

※1:

1リットルの温水に対し10〜15g以下で充分足りる。
このような水性の着色料は材にはじかれて濃色の着色が得られないことがあるが(特にナラ材に多い)、あらかじめ10%の塩水を塗っておくと防止できる。(児玉:1955;362)




■ えんたん(鉛丹、minium, red lead)


・概要:

丹(たん)、光明丹(※1)、赤鉛とも呼ばれる無機顔料。紀元前より古代エジプトで製造、使用されていた。日本での製造は14c末に始まる(※2)。

・成分:

主成分は四三酸化鉛Pb3O4であるが、10〜25%の一酸化鉛PbO(※3)を含有する。

・性質:

空気中に放置すると炭酸鉛を生じ、部分的に白くなる場合がある。活性が強く(※4)亜麻仁油(※5)と混ぜると、油内の脂肪酸と反応して金属石鹸を作り、速やかに乾燥して丈夫な固着力の大きい塗膜を作る(※6)。

塗膜は堅牢かつ、水に溶けず、耐久性に優れ、防錆力が強いため、一般に錆止め塗料として用いられる。しかし一方で、比重が大きく(8.5〜8.8)活性が強いため、油と配合しておくと鉛丹が沈降し、短時間で膠化する。したがって鉛丹塗料は使用の直前に練らなければいけない。鉛丹の活性は、含有される一酸化鉛に原因する。

・色調:

黄赤色、橙赤色。

・製法:

金属鉛を600℃に加熱して一酸化鉛となし、これを更に400〜450℃で加熱、酸化させ四三酸化鉛とする。

2Pb+O2 =2PbO
3PbO+O=Pb3O4

■ 註

※1:

日本で初めて鉛丹を生産した光明社の名に因む。(河嶋;1968:219)

※2:

応永2年(1395年)頃、堺の鉛屋、市兵衛により初めて製造が行われたといわれる。(桑原;1948:28)

※3:

黄色〜赤色の粉末。劇薬。密陀僧(みつだそう)とも呼ぶ。

※4:

塩基性(アルカリ性)であるため、乾性油や樹脂など有機酸を含む展色剤と容易に反応する。

※5:

亜麻仁油(あまにゆ):亜麻の種子から採取される油。速乾性、塗膜の耐水性・耐光性にすぐれ、塗料用として最も代表的な乾性油。

※6:

この性質を利用して、乾性油の乾燥を促進するために一酸化鉛(密陀僧)をいれる場合もある(密陀油)。




■ ぐんじょう(群青、ultramarine)


・概要:

ウルトラマリンとも呼ばれる、鮮明な青をもつ代表的な青色顔料。天然の群青はラピスラズリ(※1)を原料として作られるが、古来きわめて貴重かつ高価であり(※2)、日本画用にごく少量が製造されるのみである。19cに多量かつ安価に製造が可能な人工的な合成法が考案され、現在ではもっぱら人工の群青が使用されている(次頁参照)。

・成分:

組成は複雑であり、その分子構造に未だ定説はないが(※3)、珪酸SiO2、アルミナAl2O3、硫黄S、酸化ナトリウムNa2Oなどの基本成分が結晶化したものと考えられている。

・性質:

耐候性があり、熱に強く、アルカリにも安定である。酸には非常に弱く、薄い酸でも褪色する。硫黄を含むので、鉛や銅顔料とは併用しない方がよい。水にはよく溶けるが、油には分散しにくく、また混ぜても沈降して固化しやすい。

・用途:

他の白色顔料に少量加えて、不純物に起因する黄色味を隠し、真白く見せるためによく使用される。同様に紙、洗濯物、食料品(砂糖、澱粉など)の色を白く見せるためにも使われる(食料品に使っても無害である)。着色剤としては印刷インキ、絵具、ゴムおよびプラスチックなど広範囲に使われる。

・製法:

[天然群青]
天然のラピスラズリを粉砕し、不純物を取り除き、樹脂、蝋、亜麻仁油とよく混ぜ、これを布製の袋に入れて湯の中で揉むと、細かい粒子が水中に出てくる。これを繰り返して顔料を得るが、後になるほど品質は悪くなる。

[人造群青]
カオリン(陶土)(※4)、ソーダ灰、硫黄、木炭または石炭(還元剤)を配合し、坩堝(るつぼ)に入れ、密閉して700〜800℃に加熱した後、水洗、選別、粉砕する

■ 註

※1:

ラピスラズリlapis lazuli:ラピスはラテン語で石、ラズリはペルシア語で青の意。ナトリウムのアルミノ珪酸塩で、少量の硫黄・塩素などを含む。立方晶系。黄鉄鉱の結晶が点在するものは研磨すると特に美しい。古来から珍重され、アフガニスタン産が有名。瑠璃(るり)。青金石。ラズライト。

※2:

正倉院文書には、中国産の良質な群青が高価であることが記載されているという。

※3:

河嶋(1968;67)によれば、基本となる組成式はNa6-xAl6-xSi6+xO24NaySzで示される(通常xは1以下)。

※4:

カオリン:名称は、中国江西省景徳鎮産陶器の原料産地、高嶺(Kaoling)に由来する。カオリナイト(粘土鉱物の一。白色土状で、酸化アルミニウム・二酸化珪素を主成分とする)を主成分鉱物として含む粘土。長石類岩石の風化によって生ずる。陶磁器の原料、製紙の填料(てんりょう)、ゴム用充填剤などに使用。




■ かきしぶ(柿渋)


・概要:

渋柿から得られる淡赤褐色半透明の液体であり、酸味のある特有の香りがある。防水、防腐の効果を持つため、塗料、染料として広く用いられた。塗布、乾燥直後の色は、ごく薄い茶色であるが、日光(紫外線)にあたるほど濃い褐色に発色する。

・成分:

柿渋は水分、糖分、柿渋タンニン、シブオールshibuolなどからなる。タンニンとは、植物内に存在するいわゆる「渋」「渋味」を作り出す原因となる物質の総称である(※1)。

・性質:

主成分である柿渋タンニンは、塗布物の繊維質に吸収され、乾燥後に不溶性物質をつくり収斂性(※2)、防水性を発揮し、シブオールのもつ防腐性との相乗効果により、塗布物に強い耐久性を与える。タンニンの含有量が多いほど、よい渋とされる。しかし柿渋は耐水性がある一方で、水に溶ける性質も有している。また、鉄と反応して緑または黒色に変色するため、ベンガラとの併用には注意を要する。

・用途:

柿渋は伝統的に、家具類、器などの漆下地、漁民にとって高価だった漁網の強度向上のための網染め染料、酒づくりの際の酒袋や木桶の補強・染色、紙類(和紙、型紙、団扇、和傘など)の防腐・防水剤などとして利用されてきた。地方によっては砥粉(とのこ)と混ぜて家屋の柱に塗ることもあり、木材塗装の際に顔料の溶剤として利用される。また中風(※3)、高血圧に対する民間療法薬として、中国では漢方薬として古くから利用されている。

 柿渋はもともと日用品として、日本各地で作られていたが、現在では京都、奈良などの限られた地方のみで生産されている。近年では、日本酒製造の際の清澄剤(※4)などの特殊用途以外は、ほとんど使われなくなっていたが、最近では、その独特な風合い・発色をいかして布地の染色や、自然素材の塗料として使われている。

・製法:

原料となる柿は、天王柿、鶴の子、法蓮坊といったタンニン含有量の多い渋柿である。赤く熟れてしまうとタンニン含有量が少なくなるため、晩夏の頃(7月〜9月)に、皮がまだ青い果実を採取する。果実を皮ごと粉砕し圧搾・濾過すると緑色の「生渋」が得られる。これを冷暗所に蓋をして静置し、1〜3年かけて自然発酵させ、沈殿した澱(おり)を除き柿渋が出来上がる。長く寝かせれば寝かせるほど、タンニンが安定して濃い色合いとなり、防腐・防水効果も上がる。特に良品質で、年数の経過した古い柿渋のことを「玉渋」と呼ぶ。

■ 註

※1:

化学的には、植物起源の水溶性ポリフェノール類を指す。植物界に広く分布する物質(特に未熟な果実や種子の中に多く含まれている)で、一般に水に良く溶け、渋い味をもち、タンパク質と結合してこれを沈殿させ、動物の皮をなめす作用をもつ。タンニンを含む食品(渋柿、茶など)が「渋い」のは、タンニンが舌の粘膜タンパク質を凝固させるためである。

※2:

収斂性(しゅうれんせい):物質を引き締める性質。

※3:

中風(ちゅうふう):脳出血・脳梗塞や脳軟化により、運動機能障害ことに痙性(けいせい)片麻痺や言語機能障害をきたした状態。つまり脳卒中のこと。

※4:

タンニンは水に溶けてタンパク質と結びつき、それを沈殿させる作用をもつため、日本酒製造の過程で濁り(酒中のタンパク質)を除去するために使用される。


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